我慢の哲学

 英国人の精神構造の中で、一つだけどうしても理解できないことがある。それは、忍耐強さである。例をあげてみよう。

 日本の満員電車で問題になることの一つに、ウォークマンから漏れてくる「カシャカシャ」音がある。音の伝わり安さなどについての知識は皆無であるが、なぜだかドラムの音などの不快な部分だけがヘッドホンから漏れてくるのである。もし、すべての音楽が漏れてくるのであれば、英国で鍛えつつある寛容(?)さを持つ筆者のような人間なら、ある程度我慢できるかもしれない。音楽を楽しんでしまえばいいのだから。筆者は、安室奈美恵・globe・ストラビンスキーの春の祭典・マーラーの巨人・Spice Girlsのwannabe・・・なんでもOKである。

 しかし、漏れてくる音が「カシャカシャ」音だけでは、満員電車をより不快にするだけである。  ところが、ここ英国では、「カシャカシャ」音耐性人間が非常に多いことに驚かされる。「カシャカシャ」音選択的遮断遺伝子を持っているのではないかと疑いたくなるほど、どの人も寛容なのである。そんな遺伝子があったら、その遺伝子産物を薬にして売り出すともうかるに違いない。「快適な通勤のお供にカシャカシャキニナラーン(商標)」というキャッチコピーで売り出そうか・・・。

 実際、電車の中で、「カシャカシャ」音が漏れてくることは結構多いが、それが社会問題になったり、けんかになったというニュースは今まで聞いたことがない(時には、ラジカセ、いやラジCDを持ち込んで聞いている人もいる)。

 なぜだろうか。理由は幾つかあるだろう。まず第一に、日本ほど満員にならない電車の中では、「カシャカシャ」音から逃げることができる。いやなら場所を移動すればいいのだし、実際、人によっては、電車が込んでいるという理由で次の電車を待つこともある(込んでいるといっても、新聞が楽に読める程度である。東京の満員電車緩和の目標として「新聞が読める程度」という基準があるが、それは英国では不快な満員電車と呼ぶらしい)。

 第二に、心の余裕があげられる。9時から5時という労働時間が守られている英国では、一日働いてもリゲインがいらない程度の疲れ具合である。疲れが少なければ、多少のことには、目をつぶることができるものである。

 第三に、紳士としてのたしなみがあるのかもしれない。紳士たるもの、ちょっとのことを気にしていてはいけない。なぜなら、紳士だからである(?)。

 そして、第四に、個人主義の国であるからということがあげられる。個人主義の国では、自分が好きなことをしてもいい代わりに、人がしていることに口出しすることも許されない。もちろん、人を殺そうとしているのを黙認していいというのではない。守らなくてはいけない最低基準はあるだろう。「カシャカシャ」音は、最低基準に達していない許容範囲の行動なのである。

 こう考えてくると、様々な要因があるにしても、英国人の「カシャカシャ」音に対する忍耐力は、日本人のそれをはるかに上回っているといわざるをえないだろう。もっとも、英国人が日本の満員電車の中で「カシャカシャ」音を聞いて我慢できるという保証はないが。

 もちろん、彼らの忍耐強さは「カシャカシャ」音に対してだけではない。もっと、書きたかいことがあるのだが、誌面がつきたのでまたの機会に譲ることにする。

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