セーター

 5月になると、英国といえどもコートを脱いでもいいかなあという日がある。日本の平均的な5月の陽気とは比べ物にならないほど寒いが、それでも公園には、ひなたぼっこをする英国人が犬の糞もいとわずに寝転んでいる。水着姿の人も多く、目のやり場に困ってしまうこともあるほどだ。

 さて、筆者の研究所では、5月になると「セーターに季節」といわれている。誤解がないように説明を加えておくと、それまで厚手のコートを着ていたのをセーターに衣更えするという意味ではない。いままで、着ていたものの上に、セーター・カーディガンなどを羽織らなくてはいけない季節がやってきたという意味である。

 日本のOLさん達なら理解できるかもしれないが、その他大勢の方々にはなんのことかさっぱりわからないに違いない。なんのことはない。エアコンの温度調節が「おばか」なので、5月ぐらいからの室内温度は、4月頃よりも下がってしまうのである。そう、クーラーが効きすぎてしまって、セーターなしでは「ハクション」・「ブレス・ユー」の大合唱となってしまうのだ。

 ある典型的な暖かい陽気の日の過し方はこである。朝、薄手のジャケットを来て研究室にやってくる。歩いていると体がポカポカしてくるので、研究室に着くとジャケットを脱いでワイシャツのまま仕事を始める。しかし、筆者の実験台は吹きっさらしの窓際(研究室での立場ではない)なため、仕事を開始してから1時間もするとセーターを着るのである。そして、昼ご飯を食べた後しばらくはセーターを脱いでいるが、すぐにまたセーター着ることになる。そして、4時ぐらいになると、セーターの上に白衣をまとうのである。そうでなければ、寒くて仕事をしていられなくなってしまうからだ。

 こんなに温度調節がおかしいならば、エアコンを止めてしまえばいいと言われる方もいらっしゃるかもしれないが、そうはいかないのである。このエアコンは、換気を兼ねていているため、最低の風量でもいいからオンにしておかなければいけないことになっているのだ。

 ある日、ボスが筆者のところにやってきた。もちろん、仕事がはかどっているか確かめにやってきたのである。その時は、やれどやれど失敗ばかりで、報告できるほどのデータが揃っていなかった。当然、筆者の話は歯切れが悪い。しかし、話し始めてすぐに、

「おいおい、この場所はやけに寒いなあ」

といいながら、逃げるように立ち去っていった。

 そうである。この「吹きっさらしの窓際」は、都合が悪いときのボス撃退には最高の場所であったのだ。ロンドンより寒いスコットランド出身のボスであろうとも逃げだしてしまうほどの寒さ、それが筆者の実験台付近である。

 その時以来、

「ミツル、よく働くね」

と言われると、

「だってさ、この場所でじっとしていたら凍えてしまうから働くんだよ。動けば体が温まるからね。きっと、ボスがそれを狙って温度を低く設定しているんだよ」

と答えるようになってしまった。

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