油断
上手の手から水がもれる、油断大敵などなど、気のゆるみを戒める言葉には枚挙にいとまがない。逆にいえば、先人とて、油断したがために取り返しのつかない失敗していたということである。時には、命を落とすこともあったであろう。現代では、命を落とすような失敗は少ないかもしれないが、それでも油断大敵という言葉があてはまる失敗は数え切れないほどある。
英国に来て数々の失敗をしてきた筆者であるが、今回の失敗は秀逸、いや傑作、いや不覚だった。大学時代以来、ボス(すなわち教授)というものは、突然、無理難題を吹っ掛けてくる存在であるということをいやというほど知っていたはずだった。締め切りが過ぎた雑誌原稿を持ってきて、「君、これ書いといて」「はい、あれ、先生、これ締め切りが過ぎていますけど、どうしますか」「そうね、君、適当に期限を決めておいて」「・・・・」という会話が何度も繰返されたものである。
英国でも、ボスの性格は変わっていなかった。いつものように、すーっと筆者のそばにやってくると、数秒間のためらいの後
ボス「ミツル、元気かい、うまくいってるかい、ところで・・・」
そう、これが危険サインである。
ボス「今度のミーティングで話をしてくれないかい」
筆者「いいですよ。ノックアウトマウスのことですよね」
ボス「そうだよ。引き受けてくれるかい。実は2日後なんだけどね」
筆者「・・・・・」
これは、いつものことである。期限ぎりぎりになって頼みに来るのが、ボスの習性なのだ。筆者は、そんなことではめげない。以前、英国見聞録で紹介したように、こういうときのために普段からスライドを作りためておいていたのだ。その中から適当なものを選んで話を作ればいい。そう、ボスの「すーっと筆者のそばにやってくると、数秒間のためらいの後」作戦に引っ掛かったのが失敗だということではない。
が、迂闊だったのは、サマーホリデーが終わった直後ということもあり、夏の間のデータをスライドにしていなかったのである。さすがに、2日間ではスライド作成が間に合わない(原稿ぐらいは作れるのだが、会計が閉まっている時期でもあり、スライド作成部の仕事がいつも以上に遅くなるのだ)。
ボスは続けてい言う。
「いや、今度のミーティングは重要でねえ。ICRFの各部署のボスが大勢やってくるんだよ。将来の研究費にも響いてくるミーティングなんだ。そう、ミツルの研究費だって影響するんだよ。あ、それから、当日は昼ご飯が出るからね」
なんてこった。自分の不覚をこれほど悔やんだことはない。こんな時に限ってスライドを作っていなかったのである(ボスの準備不足を責めないところが、筆者の人間のできたところである?)。当日、一部OHPで発表を行ったのは言うまでもない。
しかし、話はここで終わらない。ボスは、ミーティングの当日、しかもミーティング1時間半前になって、
「ミツル、練習するぞ」
と、のたもうたのである。
さもありなんである。しかし、というか予想通りというか、2時間のミーティングの練習を本番1時間半前から始めても終わるわけがない。ミーティングが始る時刻になっても練習をしていたのである。その間、参加者が廊下で待たされていたのは、とってもBritishといっていいのだろうか。
おかげで、筆者はせっかく用意されていた昼食にもありつけず、すきっ腹にミーティングとなってしまったのであった。
とにかく、これは筆者の油断であった。スライドは忘れず作っておくこと、例え昼食が用意されていようともミーティングの前には何か食べておくこと、本当に油断禁物である。
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