ニコッ

 英国の良き習慣に「道端であった人に、ニコッと笑いかける」というものがある。筆者の衰える一方の記憶に鞭打ってみると英国見聞録のどこかで書いた覚えがあるので、聡明な読者の方々は、当然ご記憶のことと思う。

 その良き習慣がある英国で、なぜか納得がいかないことがあることに気がついた。道端ですれちがう人には、たとえ知らない人でも「ニコッ」としたりあいさつをするのに、なぜかスーパーにしてもレストランにしても、お店の人がお客さんに「ニコッ」とすることは極めて少ないのである。大抵、ブスッとしているか、そうでなければ、そっぽを向いて他の人と話しながらレジを打ったりしているのである。

 筆者は、「道端ニコッ」と「お店ブスッ」という2つの現象を同次元で考察したことがなかったため、英国人が抱える「ニコッ・ブスッ」矛盾に気がつかなかった。なぜ、英国人は、レジに立つとブスッとしてしまうのだろうか。マクドナルドでは、無料の笑顔をふりまくように教育されていることを考えると、これも店の方針でブスッとしなくてはいけないのだろうか。

 まあ、その可能性も無きにしも非ずである。大体英国のスーパーなどは、万引きによる被害額が半端ではないほど大きいといわれている。本屋さんなどは、売り上げの20%程度の額が万引きによって失われているらしい。となると、たとえまっとうにお買い上げいただいたお客さんであっても、背中に回した手に本を隠し持っていないとは言い切れない。

 だから、万引きしているかもしれないお客さんに「ニコッ」とするなんて、泥棒に追い銭のような気分になると考えても不思議はない。

 よって、常にブスッとしているとも考えられる。が、それならば、「道端ニコッ」に関しても説明がつかなくなってしまう。「人を見たら泥棒と思え」ではないが、英国におけるひったくり・すり・空き巣などの犯罪は極めて多い。

 となると、道端で微笑みかけた相手がいつ自分のかばんをひったくっていくかわかったものではない。そんな相手に対して「道端ニコッ」は、どう見ても理に適わないというのもだろう。

 賢明な読者の方々は、「何を今更そんなわかり切ったことをくどくどと言っているのだ」と思われていることだろう。ごもっともである。筆者がスーパーマーケットのテスコに働くレジのお姉さん延べ10人を観察してわかったことは、毎日単調なレジ打ちなどをしていることがうざったいのである。そして、1分でも早く仕事を終えて、家でエーストエンダーズを見たいと思っているため、仕事など上の空なのである。

 大体、仕事をてきぱきやったからといって、それが即給料に反映するわけでもない。同じ時間働くなら、自分のレジにはお客が来ないほうが楽である。お客は、ブスッはともかくのんびりとレジを売っているところには並びたくないものである。よって、ブスッとなり、ゆっくりサボりながらレジを打つのだ。かくして、レジのおねえさんの目論見通りとなるのである。

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