Nスペ−その5−
その言葉に目をやると、およそ考えられない惨状に一瞬言葉を失ってしまった。先日のスイス航空機の墜落現場を思い出させるような(筆者注:スイス航空機墜落事故は、このNスペ事件よりもあとのことである)状況なのである。飛行機の機体に相当するシャリは現状をとどめておらず、ばらばらとなりしょう油の海に水没している。いや、それは正確ではない。水没しかけたのであるが、しょう油を吸い込んだがために、再びその姿を表し、真っ黒に焦げた機体の破片のようになっていたのである。
それならば、「味が濃い」というのも肯ける話である。なにせ、彼はのり巻き一個とにぎり一個で小皿のしょう油をすべて使いつくしていたのだから。
確かに筆者は、お鮨にはしょう油をつけると言った。しかし、ご飯粒の一つ一つにまで塗り込むようにしょう油を付けろといった覚えはない。もちろん、筆者の英語表現能力が劣っているがための大惨事でもなければ、握りの金属疲労によるしょう油小皿上空における墜落事故でもなかろう。
ひとえにパイロットの腕の問題である。
予想を越える奇行を目の当たりにして、筆者は日本人として「箸」の何たるかを説明しなければいけないと思い立ったのである。さもなければ、箸なるものを駆使する日本人は、蟻の巣に葉っぱを差し込んでよじ登ってきた蟻を食べる猿(筆者注:確かテレビでそのような猿を見た気がする)と同様に奇妙な生き物と思われてしまう。
もちろん、迷い箸や揃え箸がダメなどいう細かい作法を得々と語っても、彼らには無駄である。こういった行儀作法は一つの皿を皆でつつきあう日本だからこそ美しいのであって、あらかじめ個々に分けられている西洋風の食事では、理解させることはかなりの困難な作業であろう。そんなことをしていては、ただでさえ押し寄せる頬の筋肉の震えとの格闘によって味覚が麻痺しつつある状況を、さらに混沌の海へと押し込むような自殺行為である。
そこで、メインディッシュが届いたところで、箸の使い方の基本中の基本だけを伝授することにしたのである。
「箸というのは、使い用によってはナイフになり、フォークになり、スプーンにもなるのです。では、ナイフとして使ってみましょう」
といいながら、目の前のしょうが焼きの薄い肉を小さく切ってみせた。箸を使って薄切りの肉を切る(正確には千切るといったらよいだろうか)ことは、日本人にとっては何てことない作業である(と思う・・・)。
しかし、英国人にとっては、デービット・カッパーフィールドのマジックを見ているように思えるらしい。果敢いチャレンジするが、うまくいかない。そのうち面倒になったらしく、少し大きめの肉をそのまま口の中に放り込むようになってしまった。
まあ、さもありなんである。
説明すべきことはほぼ説明し、あとはしょうが焼きをゆっくり楽しもうと思った時、またもやスコットランド人の一言が耳に飛び込んできたのであった。
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