はいはい

 「はい」は一回にしなさい、という話ではない。今回は、人類の進化の形について話すことにしよう。人が人になる以前、人は4つ足歩行であった。すなわち、他の多くのほ乳類と同様であったのである。その後、人は他のほ乳類に別れを告げ、独自の進化を遂げた。そして脳の発達とともに、2本足歩行が可能になるのである。教科書では、重くなった脳を支えるために、2本足歩行はきわめて合理的であった、という説明がなされている。

 しかし、だまされてはいけない。時に進化のスピードを決めるものは、学者先生の想像を絶するところにあったりする。学会を揺るがす大発表をする前に、人が生まれてくるまでの過程を少々説明ておく必要があるだろう。と書くと、アルファベット8番目で表現される受精前の行為から説明するのではないかと、期待される諸氏もいらっしゃるかもしれない。それもいいのだが、中学校1年生の最初の英語テストの時にアルファベット26文字が書けなかった若輩者の筆者には、おこがましくてアルファベット8番目の行為など語ることができない。語るなら、アルファベットを全部書けるようになってからにしろと言われてしまうにちがいない。

 かくして、アルファベットの8番目に多少の心残りを残しながらも、話を進めていこう。俗に、胎児の発達は人類の進化を10ヶ月に縮めたようなものと言われている。最初の生物が原始の海に生まれ、それが進化の過程で陸に上がっていったというのが定説であるが、それが胎児の時期に見られるというのである。

 人間の進化のおもしろいところは、高度に進化しておきながら、「おぎゃ」と生まれたときには、きわめて無防備であると言うことである。野生の動物は、生まれてすぐに立ち上がれなければ生きていくことはできないため、生まれてくるときにはある意味で一人前なのである。

 別の言い方をするならば、外敵が多くより危険な状況下におかれている生物ほど、歩行できるようになるまでの期間が短いと言うことになる。もちろん、外敵が多くても数で勝負するタイプの生物もあるが、ここでは筆者の独断と偏見で問わないことにする。

 さて、ここで、典型的な日本人の赤ちゃんの発生学を考えてみよう。日本では、家で靴を脱ぐという古式ゆかしき伝統的文化が継承されているため、人類の進化を10ヶ月にまとめた胎児期を過ぎた後、すなわちシェークスピアが「赤ん坊は、このひどい世の中に生まれてきたことを嘆いて『おぎゃー』と泣くんだ」というところの出産というイベント後も、四本足動物の気持ちを体験した上で、2本足動物へと移行する最後の進化の過程を経ることになる。

 ところが、英国のおいては、状況は、必ずしも日本と同じとは言い難いのである。もちろん、4本足歩行を経由してから2本足歩行へと進化を遂げる英国人も数多くいるが、いかんせん、泥道だろうがトイレだろうが、とにかく汚れた土足で家に上がる種族である英国人は、赤ちゃんに4本足歩行をさせないことがあるという。ベットに入れておくか、だっこしているか、強制2本足歩行機(バネでつり下げるタイプ)などを利用するのである。そう、彼らは、いきなり2本足歩行をする生物と言っていいのである。

 進化論は、この現象をどう説明するのであろうか。

 答えは2つである。一つは、彼らの回りには、敵がうようよいると言うことである。すなわち、よちよち4本足で歩いてなんていられないほど危険な環境にあるということである。二つ目は、すでにおわかりであろうと思うが、牛や馬など、生まれてすぐに歩かなければいけない生物に比較的近い進化の過程にある存在、すなわち、4本足歩行という危険状態を堪能する日本人に比べて、彼らは、進化的に後塵を拝していると言えばいいのだろうか。

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