絞首刑は死への1里塚?
以前英国人に、「日本には死刑制度があるか」と聞かれたことがあった。もちろん、答えはyesである。筆者もyesと答えた。そうしたら、彼は「それは首切りか、それとも腹切りか」と真面目な顔で聞いてきた。どうも黒沢明監督の映画に毒されているようである。そう言えば、だいぶ前になるが黒沢明監督の「乱」をテレビで放映していた(かなり血生臭いシーンの連続であった)。音声はそのまま日本語で、英語の字幕スーパーがでるという日本の映画館とは逆のパターンだったので、最初は戸惑ってしまった。というのも、(英語が聞き取れない)習慣でどうしても字幕スーパーの方に目がいってしまうからだ。日本人なのだから、音声だけで理解できるのに・・・。関係ないが、日本人の映画監督として、英国では黒沢明監督がもっとも有名であるが、もう一人評価の高い監督がいる。誰であるか知っているだろうか。なんと、北野武監督である。2年前のロンドン映画祭にも参加し、かなり評判が良かったようだ(みんなやってるか!というタイトルだった。見てだまされたと苦情を言ってきても筆者は一切関知しない。念のため・・・)。そのため、テレビの深夜映画で北野武監督作品が放映されることもある。
さて、現在日本で行われている死刑は、もちろん「首切り」でもなければ「腹切り」でもない。絞首刑である(企業内では首切り、腹切りはよく行われているようだが・・・)。
ということで、今日の話題は分子生物学における絞首刑である。細胞の中では、絶えずDNA情報がmRNAに転写されている。もちろん、それがタンパク質となり、生体としての機能を維持しているのである。しかし、mRNAにしろタンパク質にしろ、作る一方では無駄な情報がたまってしまって大変なことになってしまう。そこで、いらなくなったmRNAを分解する必要があるのだ。細胞は、mRNAを分解するときに電気椅子でも腹切りでもなく、絞首刑を執行していたことが明らかになり、その死刑執行人ともいうべき遺伝子産物が同定されたのである。
話を始める前に、mRNAの首の位置を決めなくてはいけない。真核生物のmRNAは転写後、スプリイシングやキャップ・ポリA鎖の付加などの修飾を受ける。ポリA鎖(polyA-tail)は、文字どおり3'末端に付加される尻尾である。ということは、その逆側であるキャップが頭ということになるだろう。ということで、mRNAの首切りは、このキャップをはずすことである。ちなみにキャップの本体は、7ーメチルグアノジン(m7G)である。
さて、一般には、このキャップとポリA鎖がmRNAに付加されることで、mRNAの安定化されるという。では、この2つがともに独立してmRNAの安定性に寄与しているのか、あるいは、どちらか一方がもう一方を制御しているのであろうか。
結論から言ってしまえば、キャップがはずれること(絞首刑)が、すべての始まりである(というより、mRNAにとってはこの世の終わりである)。現在酵母では、2つのmRNAの分解様式が知られている。そのどちらにおいても、キャップがはずれることがmRNAの分解を引き起こしているのだ。ちなみに、その経路のうち1つは、変異を生じORFの途中に終止コドンが挿入されてしまったような異常なmRNAを分解する経路であり、2つめはそれ以外の通常のmRNAを分解する経路である(特に、前者では、ポリA鎖が短くなること無しにキャップがはずれ、mRNAが5'側から分解されていく)。
ということで、今日紹介する論文は、このキャップをはずす「decapping enzyme」DCP1を、酵母から同定・単離したというものである。compliment実験により遺伝子を単離し、さらにキャップをはずすという酵素の活性を指標として、タンパク質の精製にも成功した。
今日は、いつになく(いつも通りという方がいいのか)前書きが長くなってしまったので、細かい部分を飛ばして、一気に結論を言ってしまおう。キャップをはずす過程には、安定・不安定といった性質に関わらずDCP1が必要であり、mRNAの寿命を決めるのは、mRNAを認識する何らかの別の因子によることが示唆された。その候補としては、ポリA鎖結合タンパク質が挙げられる。その他の因子として、前述の第2の経路に対しては、UPF1〜3、第1の経路には、MRT1,MRT3が関与しているようである。
最後に、証拠はないが、eLF-4FとDCP1を含むキャップ結合タンパク質などのがお互いに競合しあっていることも考えられる。すなわち、翻訳してタンパク質を作ろうというeLF-4Fの力と、mRNAを分解しようとするDCP1などの力のバランスでmRNAの寿命が決まるというのである。
Nature 382, 642-646(1996)